卒業判定

卒業判定で無事合格をもらってきました。

その掲示を見るまで気が気でなりませんでしたが、本当に安心しました。

これで気兼ねなく新生活の準備ができます。

 

ここ最近、大学卒業できるかどうか、かなり不安でした。

「卒業できる確率とできない確率は、私に関しては同様に確からしい」といっても過言ではなかったと思います。

その要因は2つあります。

1つは卒論以外の単位数がギリギリだったことです。

完全にボッチで、かつ怠けはじめた1年生の後期に、10単位落としてしまいました。

一人で勉強するのは、私が宅浪したときもそうでしたが、自分で自分を律することができないと破綻することが多いと思います。

友人がいれば、最悪授業をサボってもノートやプリントを見せてもらえばカバーできるかもしれません。

しかし、ボッチはそのような手は使えないので、自主休講は完全に自己責任なのです。

私は完全にダメ人間でボッチなので、1年次の大学生活はとても褒められたものではありませんでした。

自主休講をしても、私自身を含めて、私をとがめる人がいないので、ずるずると自主休講が重なってしまったのです。

1年後期が終わった時点で、GPAが悲惨でした。

2年生に上がって専修が正式に決まり、時間割が言語学だらけになってからは、単位を落とすことはほぼなくなりました。

が、2年生のうちは指導教授にかなり心配されました。

ときたま「ちゃんと授業に出てる?」と尋ねられる有様です。

その後就活もあって、4年前期が終わった時点で、まだ卒業に必要な単位数は満たしていませんでした。

そして、4年後期にとった授業は、私にとっては落単の心配がまったくないものでした。

が、それでも、私がきちんと卒業に必要な単位数を満たしているかどうかが卒業判定のときまで分からないというのは、大きな不安要素となりました。

1年の後期に10単位を落としていなければ、こんな心配をする必要はなかったはずです。

 

ただ、1つ言い訳をすると、1年次は2年次以降と異なり、幅広い分野の授業を履修しなければいけませんでした。

大学に入ったときには、私はすでに言語学を選ぼうと決めていたので、高校時代から苦手だった社会科系の授業を履修するのは酷でした。

最初は単位数を稼ぐために興味のない分野の授業も履修登録したのですが、結局興味を持てずに放棄してしまいました。

 

卒業判定で不安になった要因の2つ目は、卒業論文の出来です。

卒論の最終稿の提出後や口頭発表後に、指導教授から詳しいフィードバックを得る機会がありませんでした。

積極的に機会を得ようともしませんでした。怠け癖で。

なので、卒論の単位が認定されているかどうかは、やはり卒業判定を見るまで確信が持てなかったのです。

唯一の安心材料は、指導教授に毎週会ってコメントやアドバイスを貰っていたことです。

「これだけ先生に頼っていて、それで卒論で不可を貰ってしまったら相当なことだ」と自分に言い聞かせていました。

 

 

いろいろ不安に思いましたが、とにかく大学卒業できるようです。

もし、これから大学に入る方がこの記事を見ているのなら、私からは次の2点を遺したいです。

  • 完全にボッチで怠け癖があると1年次がヤバいです。
  • 卒論を書くときに、指導教授に(迷惑がかからない程度に)たくさん頼っておくと安心材料になります。

いや、私に関しては、他人の心配をするより自分の心配をすべきなのでしょうが……。

 

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